N I (05.09.2017 11:11)
最上義光については、人気のある伊達政宗や直江兼継の敵役として悪く書かれる事が多いのですが、施政下で一度も一揆が起きなかったほどの善政を敷き、また安土桃山文化を山形にもたらした文化人としての側面も持つ名君です。
入場無料ですし、山形に行くのなら是非足を運んで理解を深めて頂ければと思います。
T Shoji (04.02.2017 10:49)
入館料が無料になったので気軽に入れます。歴史に興味のある方は立ち寄られることをお勧めします。
山形城は1356年に斯波兼頼によって作られ山形の城下町としての歴史が始まりましたが、その子孫である戦国武将最上義光は、山形藩を57万石の大藩として城と城下の整備を行ったため、地元では山形の中興の祖として称えられています。奥州関ヶ原の際には直江兼続率いる上杉の大軍が山形城目指して押し寄せましたが、これが敗走する際、義光は追討軍の先頭に立って指揮しました。この時、上杉軍から放たれた鉄砲の弾が義光の兜に当たりました。その弾痕の残る兜が、館内に展示されています。